デス・オーバチュア
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「嘘ぉ〜? 本当に消えちゃったの? 絶頂っちゃったぁ〜?……あはははははははははははっ!」 最初、信じられないといった表情をしていたセレナは、クライドの消滅を確信すると狂ったように哄笑した。 「うふふふふっ、うふふふふふふふ……まさか、こんな簡単に愛するお兄様が殺れちゃうなんて……思いもしなかったわぁ〜」 呆気ない、あまりにも呆気なさ過ぎる。 「ちょっと信じられないわね、あのお兄様が……んっ!?」 何かを感じ取ったのか、セレナの表情がいきなり緊迫した。 彼女の見つめる先に、暗黒が集まっていき、圧倒的な存在感が生まれていく。 寄り集まった暗黒は人の形を……クライド・レイ・レクエムを形成した。 「……お……お兄様……どうして……?」 「情けない話だが、今の俺では九連の暗黒波動を相殺する程の力を出せないのでな……当たる前に自分の体を分解させてもらった……どうせ直撃を受ければ跡形もなく原子分解されるのだからな……同じ事だろう?」 「…………」 分解されたと、自ら分解したでは全然意味が違ってくる。 自由自在に自らを分解できるのなら、再度の組み立て……再構築も可能と言うことだ。 「何を驚く? 相手を原子や分子レベルで分解する術など魔族や神族ではそう珍しくもあるまい?」 「えぇ……ただデタラメに分解……『破壊』するだけならね……」 だが、組み立てる、望む形に再構築するのは話が別……別次元の術である。 唯一それに近いことができる存在はセレナの知る限り、無から何でも『創造』するリューディアの異能力ぐらいだ。 一系統、自分の得意な属性だけを構築……無から火や水を呼び出すぐらいならともかく、一度完全分解した人体(正確には人間ではなく魔族だが)を再構築するなど……『神(創造主)』の御技である。 「なあに、破壊も創造も原理は大差ない、波動砲(破壊の力)が使えるなら、その逆も容易い……」 「お……お兄様のデタラメ! インチキ! 化け物ぉぉっ!」 酷い、狡いといった非難を込めてセレナは言った。 「お前だけには言われたくない気がするがな……」 クライドの右拳だけに暗黒闘気が集束されていく。 「うっ……」 「遅い! その身に暗黒を刻め! 新皇刻命拳(しんおうこくめいけん)!」 限界まで暗黒を集束された拳が、セレナの左胸に直接叩き込まれた。 「あっ……ああああああああああああああああああああああぁぁぁっ!」 セレナの背中の羽が砕け散り、両甲、胸上、額の四つの赤眼から大量の鮮血が噴き出す。 大地に倒れ込んだセレナは、苦しみもがいて転げまわった。 「大丈夫だ、体中の『流れ』を滅茶苦茶に、ズタズタにしただけだ。そのくらいで滅びはしない」 セレナの体内で爆裂した暗黒闘気は、彼女の全身の骨と筋肉と神経を破壊し、血液や呼吸……何よりエナジー(あらゆる精気(生気))の流れを荒らしまくる。 新皇刻命拳は内側からセレナの『全て』を蹂躙し尽くしていた。 「本来、人間と違い肉体的、物理的損傷なら瞬時に癒せるだろうが、エナジーの流れを荒らされてはそうもいくまい……」 エナジーの流れが正常に戻るまで、セレナは一切の力が使えない……自身の肉体治癒すらおぼつかないだろう。 「……ぁ……ぅ……お兄……」 もがく力も失いグッタリとしたセレナの口から、蚊の鳴くような声が漏れた。 「お兄様だけだと……俺か、ソディ、どちらに助けを求めているのか解らんな?」 クライドは足下のセレナを見下し、意地悪く微笑する。 「……ク……クライド……お兄様……ごめんな……さ……い……許し……て……ぇ……」 「許す? 別に怒ってもいなければ、お仕置きをしているつもりもなかったのだがな……ん? そもそもなぜ喧嘩していたのだったか?」 「…………」 「解った解った、助けてやるから、そんな恨めしそうな目で見るな」 セレナを抱きかかえてやろうと、クライドが手を伸ばした瞬間のことだった。 突然の強風がクライドを押し止め、セレナの体を空へと舞い上がらせる。 「ほう……」 一人の青年が、クライドの方に向かって歩いてきていた。 青年の背後には巨大な門が見える。 おそらく、先程の突風はあの門から解き放たれた『魔界の風』だ。 「珍しい……初めてじゃないのか? お前が地上に姿を見せるのは……」 青年は黒のジーパン(ズボン)、赤シャツの上に黒いロングファー(毛皮)コートを羽織っている。 「兄上には御機嫌麗しく……」 黄金のセミロングに清き青眼の青年が両手を前に突きだすと、その上にセレナが落下してきた。 「……ソ……ィ……」 抱きかかえられたセレナは微かな声を漏らす。 「喋らなくていい」 青年……ソディ・ラプソディは優しげな微笑で妹を黙らせた。 声を発するだけでも、今の妹には激しい消耗になると判断したからである。 「では、兄上、せっかくの再会ですが、これで失礼します。それとも、兄上も一緒に魔界に帰られますか?」 「ふん、冗談ではない」 「そうですか、では、失礼」 ソディは、異母兄にあっさりと背中を向けた。 そして、さっさと門の『中』へと消えていく。 二人の姿が完全に消え去ると、門は閉ざされ地上から完全に消滅した。 「…………」 危なげ足取りというか、不安定な飛行で寄ってきた赤い蝙蝠が、ミッドナイトの背中に貼りつきコートの模様と化した。 「自ら私……俺の元に戻るとはね」 ミッドナイトは青年の姿から少年……ナイトの姿へと変わる。 「……さて……どちらに彼女を任せればいいのかな、お嬢さん方?」 「…………」 長い二門の大筒がナイトの背中に突きつけられていた。 いつの間にか、土の妖精姫、白き天使少女クリティケー・シニフィエがナイトの背後に立っている。 「では、こちらに渡してもらおう」 前方の森の中から出てきたのは、制服のようなブレザー姿の少女だった。 スポーティーな背広型の黒ジャケット、純白のYシャツに赤いネクタイを締め、太股半分ぐらいまでの丈の淡いピンクスカート、白ハイソックスに黒シューズ。 神聖な輝きを放つ銀髪が、両肩のあたりで黒ゴムで束ねられ、無造作に腰まで垂らされていた。 前に垂らされた二房のおさげ(編んではいない)だけでなく、大量の後ろ髪も腰近くで黒ゴムで二房に束ねられている。 瞳は氷のように冷たく透き通る青色をしていた。 「自力で回復したのなら、吸血鬼以上の回復力だね……クリーシスさん? それとも堕神クライシス様?」 十八歳ぐらいの銀髪の少女は、堕神クライシスことクリーシス・シニフィアンである。 「通りすがりの鎖をジャラジャラさせた着物の女が治してくれた……」 「なるほど……」 その説明だけで、ナイトには女の正体の察しがついた。 「……魔眼妃、異界の竜、裏世界の混沌、鬼より鬼らしい人間、本物の魔女……よくもまあこれだけ……それに悪魔の王まで覗いていたな……」 ナイトは、クライド以外にセレナを止められた可能性を持ったモノの名をあげる。 名をあげた五人とも今、このちっぽけな島国におり、覗いていた悪魔の王も下手すれば出しゃばりかねなかった。 「物騒な島だね……ルシアンを拾ってさっさと帰るとしよう……じゃあ、君達に譲るから、喧嘩せず仲良く分けろよ」 ナイトは気障(キザ)に笑うと、赤い霧となってこの場から退場する。 「思いの外あっさりと引き下がったな……なにか押しつけられたような気分だが……まあいい……」 「…………」 クリーシスは視線を、白い天使少女クリティケーに向ける。 クリティケーはクリーシスの注意がナイトに向かっている間に、大筒をクマのぬいぐるみに代え、白いケープを羽織り、大きくてふわふわな白いベレー帽を被っていた 「貴様……はどうする?」 「…………」 透き通るような青と茶の瞳が見つめ合う。 クリーシスは妙な感覚を覚えた。 この少女とは間違いなく初対面のはずだが、物凄くよく知っているというか、馴染みが深いような錯覚がしてくる。 「……ママを……」 クリティケーが初めて言葉を発した。 「ん? 何だと……貴様……今……」 「……お願い……お姉ちゃん……」 「なっ!?」 ポン!と派手な音がしたかと思うと、クリティケーの姿が消え、代わりのように一体の人形が地面に転がっている。 頭上に光輪を、背中に小さな白鳥の翼を生やした天使人形だった。 「私を姉と呼ぶ?……そうか、貴様……水子か……?」 一人納得すると、クリーシスは人形を拾い上げる。 「……水子は酷い……」 抱きかかえられた天使人形が言葉を口にした。 「生まれ損なったモノを指す適切な言葉だ」 「…………」 天使人形は不満げな表情を浮かべて押し黙る。 「悪かった、私にはこういった言い方しかできん……ちゃんと貴……お前を私の妹だと思っている……」 「……別にいいよ……それよりママを……」 「ああ、解っている。母様なら心配ない……」 遙かな時を越えて巡り合った大地に属する姉妹は、母の元へと歩み寄った。 「…………」 額の魔眼が閉じ、暗黒翼が消え、クライドは普段の姿に戻っていた。 無論、闘気の放出を止めた瞬間に、髪の逆立ちと肌の変色現象も治まっている。 「……そろそろ出てきたらどうです、母上?」 コートを閉じながら、クライドは誰も居ない、何もない空間に話しかけた。 「ふふ……気づいていたの、クライド?」 透明だったものに色が塗られていくようにして、青い着物を着たこの世とは思えない美しさの女が浮かび上がる。 深く暗い青の腰まである長い髪と瞳をした和服美人……リンネ・インフィニティ、魔眼皇ファージアスの第一妃にして、クライドの実母だった。 「ええ、俺より先に来てましたよね?」 「ふふ……」 クライドはこの地に現れた時から、リンネの気配を感じていたのである。 「母上がさっさとセレナを捕縛していれば、俺が出しゃばる必要もなかったんですけどね……」 苦笑を浮かべているクライドの口調は、一応丁寧語で、母に対する敬いが感じられた。 「あら? 私が自分で物語を『打ち切る』わけがないでしょう? まあ、見るに耐えない程つまらなくなったら『テコ入れ』ぐらいするけど……ふふ……」 リンネは妖艶にとても楽しげに微笑う。 「それに間違って捕殺しちゃったら大変でしょう? 可愛い娘を……ね……」 彼女の着物の袖口から、ジャラリと音をたてて白銀の鎖が垂れた。 「ほう、こちらがお主の母者か……」 アニスがいつの間にか、クライドの横に立っている。 「あら、可愛い黒猫ね……初めまして? クライドの母のリンネ・インフィニティよ」 どこかわざとらしいというか、何か不自然に思える挨拶だった。 「正真正銘初対面じゃぞ、魔眼妃殿」 『初めまして』に疑問系なニュアンスがあったことをアニスは敏感に察する。 「ああ、やっぱり? 現実に会ったのか、本(歴史上)の人物として知っているだけなのか、結構あやふやなのよ〜」 「それはまた難儀なことじゃな」 二人は自然に会話を成立させているが、『歴史書』の存在を知っていないとかなり意味不明な会話だった。 「では、知識としてご存知かもしれぬが、礼としてこちらも名乗っておこう、儂の名はアニス、ただのアニスじゃ。まあ、肩書きは名乗る必要もなかろう」 「ええ、よろしくね、アニス。これからもクライドと仲良くしてあげてね」 「うむ、気が向く限りは御子息の面倒をみてやろう」 「ふふ……じゃあ、また今度ゆっくりお話しましょう」 リンネは、アニスの偉そうな物言いに気を悪くすることもなく愉しげに微笑うと、踵を返す。 「もう行かれるのか、母上?」 「ええ、またね、クライド……ああ、そうそう」 「ん?」 「いくら魔族にモラルなんてないとはいえ……お母さん、獣姦はちょっと引くかな?」 「なっ!?」 「誰が獣姦じゃっ!? いや、確かに儂は元は獣じゃが……て、そもそもこやつ如きに体を許した覚えはない!」 『ふふ……冗談よ……』 声だけ残して、リンネの姿はすでにこの場から消え去っていた。 「まったく……最悪の冗談だ……」 クライドは嘆息すると、踵を返し一人歩き出す。 「むっ、待たぬか」 アニスは慌ててその後を追った。 歩幅にかなりの差があるため、クライドの横に並ぶには、アニスはかなりの早足を維持しなければならない。 それが解っているので、クライドはわざとペースを落としてやった。 「で、この後どうするのじゃ?」 「今夜あたり、もう一つ見世物がありそうだが……かったるいから帰って寝るかな……?」 「ほう、魔眼を使うと眠くなるとかあるのか?」 「別にそういうわけじゃないが……魔眼は常時凝視というか、充血といった感じなのでな……一度開くとかなり疲れる。俺はセレナの副眼のように補助や増幅がないから余計にな……」 「ふむ、目薬でも射してみるか?」 「おい……」 「冗談じゃ、冗談、そう目くじらを立てるな」 「ふん、最低の冗談だ」 クライドは、アニスへの嫌がらせのように歩くペースを上げる。 「待たぬか、お主が帰るのなら、儂も一緒に帰るぞ」 「……寄って行かなくていいのか、『あの男』の所に……」 「む、それはもしや嫉妬か?」 「はっ、冗談にもならん……」 「あ、だから待てというに……ええいっ!」 アニスは跳躍と共に不可思議な輝きを放ち黒猫へ転じると、クライドの頭の上に着地した。 「おい……降りろ……」 「にゃ〜ん、にゃ〜ん♪」 猫語が解るわけではないが、嫌だと主張しているらしいのだけは解る。 「ふん、もういい、勝手にしろ……」 「にゃああ〜♪」 「…………」 一人と一匹は森の中へと消えていった。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |